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生駒市テレワーク&インキュベーションセンター

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【インタビュー】ボクが生駒市へ来た理由。~生駒でDOにかしたい! 「イコマド」設立への想い〜(第1回 小紫雅史生駒市長)

2016.12.08 インタビュー

東京での中央官僚から、縁のない生駒市へ。移住の不安

生駒市に来るにあたって、不安はなかったのでしょうか?

小紫市長

入庁した頃は、温暖化やゴミの不法投棄などが政治課題として上がってきた頃で、仕事は面白かったですが、特に冬は忙しく、年明けの国会に間に合わせるために正月もないような生活をしていました。始発で家に帰って着替えたら朝の7時に大臣に説明に行くような日も。

在職中にJICAの留学プログラムでアメリカのシラキュース大学のマックスウェル行政大学院に2年間通い、その後、ワシントンDCの日本大使館で3年働きました。その時、アメリカ人の「働き方」に関する意識の違いに驚きました。とても家族の時間を大切にするのです。渡米直前に一人目が生まれ、在米中に二人目のこどもが生まれましたが、日本とは打って変わり、ゆったりした家族の時間を取ることができました。

大使館勤務を終えて、環境省に戻りましたが、大使館と同じ「日本政府」で働いているのに家族と全く会えないような忙しさでした。そこで、留学中に感じた霞が関での「働き方」や日本社会の課題に対して、提言し、行動を起こそうと、同期の仲間とNPO法人「プロジェクトK」を立ち上げて副代表をとなり、テレビ出演や実名で書籍の出版、シンポジウムの開催などをしました。

生駒市移住意向



小紫市長

そんな中、奈良県の生駒市で副市長の公募があることを知り、この生駒市に移住する決意をしました。 ただ、その時一番上の子どもが東京の幼稚園に行きだし4ヶ月が過ぎたばかり。やっとお友達と仲良くなった時にまた、転園ということになり、妻からは、私から上の子どもに伝えるように言われました。一緒にお風呂に入った時に伝えると、長男は、10秒ほど黙ったあと泣き出しました。そして泣きながら「がんばる」と。親としてとても辛かったです。

二人目が自閉症とわかったのも妻が3人目を妊娠したのもその頃です。私の両親と妻の両親は、国家公務員をやめる事に反対しましたが、妻は、国家公務員をやめることには何の反対もしませんでした。でも、子ども達の事を考えると、とても不安だったと思います。二人で話し合い、生駒市に家族で一緒に移住することを選んでくれました。

生駒に移住したい理由
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